2024/12/24 コラム
企業が負う安全配慮義務のポイント
はじめに
企業が従業員を雇用するとき、単に「仕事を与え、給与を支払えばよい」というわけではありません。事業者(使用者)には、労働者が安全かつ健康に働くことができるよう配慮する「安全配慮義務」が課されています。これは労働契約法や労働安全衛生法などの法律にも明確に位置づけられ、十分に理解し、日々の労務管理に活かしていくことが求められます。もし安全配慮義務を怠れば、企業として高額な損害賠償を請求されるリスクや、貴重な人材を失うリスクが高まる可能性があります。
本稿では、企業が負う安全配慮義務の基本的な考え方や、実際にどのような配慮が求められるのか、また中高年齢者に対してどのような配慮をすればよいのかを解説します。さらに「弁護士に相談するメリット」も併せてご紹介しますので、企業のリスク管理や労務管理の参考としていただければ幸いです。
1. 安全配慮義務とは何か
安全配慮義務の基本的な意味
「安全配慮義務」とは、事業者(使用者)が労働者を雇い入れるにあたり、労働者の生命・身体の安全や健康を確保しつつ、労働者が安心して働けるよう必要な措置を講じなければならない義務のことをいいます。具体的には、危険な作業手順の改善、作業環境の整備、適切な健康管理の実施など、多岐にわたる対策が必要とされます。
この安全配慮義務は、労働契約法5条において「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と規定されています。企業が労働者に対して一方的に仕事を与え、指示をするのではなく、安全に労働できる環境を整える責任があることを、法律が明示しているのです。
安全配慮義務の背景
労働環境は多種多様です。例えば、工事現場での危険作業、過重労働が疑われるほど長時間におよぶデスクワーク、精神的に大きなストレスが伴う業務など、業種や職種ごとにさまざまなリスクが考えられます。こうしたリスクを放置すれば、労働災害やメンタルヘルス不調などを引き起こしかねません。
安全配慮義務は、こうした労働災害や健康被害を防止し、従業員の尊い命や健康を守るために設けられたルールです。そして企業自身のリスク回避にも直結します。従業員が万が一、業務上のトラブルで大きなケガや心身の不調をきたした場合、企業は損害賠償請求を受ける可能性があるだけではなく、貴重な人材を失うリスクや社会的信用の低下といった深刻なダメージを受けるおそれがあります。
2. 安全配慮義務を実践するためのポイント
危険作業に対する具体的な措置
工事現場や製造ラインなど、危険性の高い作業に従事する従業員に対しては、まず「危険を防止するための具体的な措置」をしっかり講じることが求められます。具体的には、次のような取り組みが挙げられます。
- 作業手順の明確化
あいまいな指示や不十分なマニュアルでは、従業員が誤った行動をとる可能性が高まります。作業手順や注意点をマニュアル化し、定期的に見直すことでミスや事故を防ぎます。 - 適切な防護具・保護具の支給と着用指示
ヘルメット、保護メガネ、防塵マスク、絶縁手袋などを必要に応じて提供し、従業員が確実に着用するよう指導・管理を行う必要があります。 - 安全教育の実施
従業員の知識不足は労働災害を引き起こす大きな要因です。危険作業に携わる前に安全教育を行うほか、定期的に研修や訓練を実施し、従業員の安全意識を高めます。
過重労働を防ぐための工夫
長時間労働が続くと、過労死やうつ病などメンタル面のトラブルを引き起こしかねません。もし従業員が重大な健康障害に陥れば、企業の責任が問われることもあります。そこで過重労働を未然に防ぐため、以下のような方策を検討することが重要です。
- 業務内容の見直しと分担
特定の従業員に業務が偏らないよう、余力のある従業員に作業を振り分ける仕組みを作りましょう。人員が不足している場合は、追加で人を採用するなど根本的な対応を検討することも求められます。 - 勤務時間の管理
従業員の残業時間が適正に収まるよう管理システムを導入したり、定期的にチェックを行ったりして、長時間労働を防ぎます。休日出勤の回数や深夜労働の回数にも注意が必要です。 - 休暇の取得推進
有給休暇の取得は従業員の権利であり、心身のリフレッシュには欠かせません。取得しやすい社内環境づくりや計画的な消化を推進する制度の導入などが考えられます。
専門医による相談制度(カウンセリング)の実施
従業員の健康状態を守るためには、疾病の予防や早期発見が不可欠です。特に精神的ストレスに起因する不調は、初期段階でのケアが重要になります。そのため、産業医や外部の専門機関によるカウンセリングを定期的に実施し、従業員が気軽に相談できる体制を整えることが推奨されます。また、日常的に上司や人事部と従業員の間でコミュニケーションを図り、ストレスや悩みを抱え込まないよう配慮することも大切です。
3. 中高年齢者に対する安全配慮の必要性
中高年齢者を取り巻く状況
近年、少子高齢化や景気の影響により、中高年齢者の労働者割合が増えています。経験豊富で知識量や技術力の高い人材は企業にとって大きな財産ですが、年齢を重ねることで体力や注意力が低下しがちな面も否めません。とりわけ重い荷物を運ぶ業務、非常に繊細な操作を要する業務などでは、その人の身体機能を考慮した配慮が必要となります。
また、中高年齢者が労働災害に遭った場合、若年者に比べて治療に時間がかかりやすいという特徴があります。怪我や病気から回復するまでに多くの日数や費用を要し、結果的に企業としても人的リソースの不足や業務の停滞が起こりやすくなるため、企業としても計画的な対応が重要になります。
適切な業務配分と配慮例
企業は、労働安全衛生法第62条において「事業者は、中高年齢者その他労働災害の防止上その就業に当たつて特に配慮を必要とする者については、これらの者の心身の条件に応じて適正な配置を行なうように努めなければならない。」ことを求められています。具体的には、以下のような配慮が考えられます。
- 身体的に過度な負担がかかる部署からの配置転換
重量物を扱う部署で長く勤務してきた従業員を、より身体的負担の少ない部署へ異動させるといった方法が挙げられます。 - 作業の分担化・チーム制の導入
一人で行っていた業務を複数人で分担して行うようにすることで、個々の従業員にかかる負荷を軽減します。 - 定期的な健康診断やカウンセリング
年齢が上がるほど、生活習慣病や慢性的な症状を抱えるリスクも高まります。定期的な健康診断や産業医・専門医への相談体制を整え、体調不良の早期発見に努めることが大切です。
なお、中高年齢者と一口にいっても、その実年齢だけで判断するのは危険です。企業としては、個々の従業員の身体的・精神的状況を踏まえたうえで、必要な配慮を検討していく姿勢が求められます。
4. 安全配慮義務違反のリスクと企業が負う責任
訴訟リスクと損害賠償の可能性
もし企業が安全配慮義務を果たさずに従業員に健康被害や災害を招いた場合、従業員側から民事上の損害賠償請求を受ける可能性があります。たとえば過労死や職場でのメンタル不調が業務上のストレスに起因すると判断されたときには、企業に数百万円~数千万円もの損害賠償責任が認められた裁判例もあります。
また、こうしたリスクが表面化すれば、社会的信用の失墜や企業イメージの悪化を招くだけでなく、優秀な人材の流出や取引先との関係悪化にもつながりかねません。安全配慮義務を軽視することは、結果として企業経営に大きな打撃を与え得るのです。
組織運営への深刻な影響
従業員が重大なトラブルに遭うと、企業内の雰囲気やモチベーションにも大きな影響を及ぼします。労働災害や従業員の健康障害が起きれば、同僚の労働意欲や心理的安全性が低下し、離職率が上昇するケースもあります。さらに被災者の業務を他の従業員が引き継ぐことで過重労働が生じ、新たなトラブルへ発展するリスクも否めません。
このように安全配慮義務を怠ると、法律上の責任だけでなく、企業組織全体の健全な運営が損なわれる深刻な事態になりかねないのです。
5. 安全配慮義務を果たすために企業が取り組むべきこと
危険を伴う作業への適切な対策
- リスクアセスメントの実施
現場でどのような事故や健康障害が起こり得るかを事前に洗い出し、そのリスクの大きさを評価した上で、対策を実行することが重要です。 - 安全教育や定期研修の継続
従業員が変わっても組織として安全管理のレベルを維持できるよう、定期的に研修を行い、常に最新の安全情報を共有する仕組みを作りましょう。
従業員の負担を軽減する仕組みづくり
- 業務量と人員配置のバランス調整
繁忙期と閑散期で大きく業務量が変動する場合には、派遣社員の活用や応援体制の確保などの柔軟な対応策を講じます。 - 労働時間の適正化
タイムカードや勤怠管理ソフトなどを導入し、従業員ごとの労働時間を可視化することで、長時間労働や休日出勤のリスクを早めに察知できます。 - 定期的な面談やメンタルヘルスケア
上司や人事担当が定期的に従業員の状況をヒアリングし、ストレスや不安を抱えていないか確認する体制づくりが大切です。
専門医やカウンセリングによる早期対応
- 産業医の配置と活用
50人以上の従業員を雇用する事業所では産業医の選任が義務付けられていますが、その役割を労働安全衛生法上の届け出だけで終わらせず、定期的な健康指導や職場巡視などで積極的に活用しましょう。 - 外部の専門家との連携
心理カウンセラーやストレスチェックサービスを実施する機関などと連携し、従業員が自由に相談できる体制を整えることも、企業の重要な責任です。
6. 弁護士に相談するメリット
安全配慮義務への対応を進める中で、「法的な義務の範囲がよくわからない」「自社の就業規則や契約書が法律に適合しているか不安」「万が一の労働トラブルを防ぎたい」といった悩みを抱える企業は少なくありません。このような場合、以下のような点で弁護士に相談することに大きなメリットがあります。
- 法的リスクの洗い出しと対策の提案
弁護士は労働契約法や労働安全衛生法、労基法など労働法全般の知識を有しています。現状の労務管理体制をヒアリングしたうえで、法的に問題となりうるポイントを的確に洗い出し、具体的な対策を提案します。自社だけでは見落としがちなリスクをカバーできる点が大きな利点です。 - 就業規則や各種契約書類の整備支援
安全配慮義務を履行するには、就業規則や労働条件通知書、雇用契約書などに明確な規定を設け、会社としてのルールを整備しておくことが重要です。弁護士に相談すれば、最新の法改正や判例に対応した書式・規程を整えることができ、労務管理の土台をしっかり固められます。 - 労働トラブル発生時の迅速な対応
従業員から「安全配慮義務違反だ」と訴えられたり、労働災害に関する損害賠償請求を受けたりした場合には、早期の段階で法的アドバイスを受けることで、企業が被るダメージを最小限に抑えられます。弁護士が間に入ることで、従業員やその代理人との交渉をスムーズに行うことも可能です。 - メンタルヘルスやハラスメント対策へのアドバイス
最近では、パワハラやセクハラ、マタハラなど、ハラスメント問題と安全配慮義務が複雑に絡むケースも増えています。これらの問題は企業ブランドの毀損や訴訟リスクにも直結するため、予防策や調査手順を弁護士からアドバイスしてもらうことで、より安全な職場づくりを進めることができます。
7. まとめ
安全配慮義務は、企業が労働者を雇用するうえで不可欠な責務であり、単なる法律上の義務にとどまらず、「従業員を大切にし、企業を健全に成長させるための基盤」と言えます。危険な業務がある会社はもちろん、オフィスワーク中心の会社であっても、長時間労働やメンタルヘルスの問題など、常に多方面からのリスクにさらされています。
安全配慮義務を誠実に果たすためには、職場環境の整備や業務内容の見直し、従業員への適切な教育や研修など、多岐にわたる施策を講じる必要があります。また、中高年齢者や長時間勤務が続きがちな従業員など、個々の状況を踏まえた柔軟な対応も欠かせません。企業がこうした取り組みを怠れば、訴訟リスクや損害賠償責任が生じるだけでなく、組織の活力や信頼を損ねる結果になりかねません。
もし安全配慮義務の対応をどこから手をつけてよいかわからない、または既にトラブルが発生してしまった場合には、早めに弁護士へ相談することをおすすめします。法的リスクの洗い出しや就業規則の整備などは専門家によるサポートが効果的であり、結果的にコスト削減やリスク回避にもつながるでしょう。
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