2026/01/20 コラム
建設業者が知っておくべき「工事請負契約」の基本と契約書の注意点
はじめに
「工事が終わったのに代金が支払われない」
「施主から聞いていない追加工事の無償対応を求められた」
「工期が遅れたことによる損害賠償を請求された」
これらは、建設業界で日常的に発生しているトラブルです。そして、これらのトラブルがこじれて裁判沙汰になってしまうケースの多くに共通しているのが、「きちんとした工事請負契約書を作成していなかった」、あるいは「契約書の内容が不十分だった」という点です。
民法上、契約は口頭でも成立します。しかし、建設工事は金額が大きく、工期が長期にわたり、内容も複雑です。そのため、建設業法は当事者間の紛争を予防し、取引の適正化を図るために、書面による契約締結を義務付けています。
契約書は単なる「形式的な紙切れ」ではなく、万が一のトラブルから自社を守るための「最強の盾」です。本記事を通じて、工事請負契約の基本を再確認し、法的リスクに強い契約実務を身につけましょう。
工事請負契約に関するQ&A
まずは、現場の実務担当者様からよくいただく疑問について、Q&A形式で解説します。
Q1. 小規模な工事でも、必ず契約書を作らなければなりませんか? 見積書と注文書だけではダメですか?
建設業法上、原則として契約書の作成が必要です。
建設業法第19条は、工事の規模や金額にかかわらず、契約内容を書面に記載し、署名または記名押印して相互に交付することを義務付けています。実務上は、注文書と請書(うけしょ)の交換で契約書に代えることも認められていますが、その場合でも、建設業法が定める記載事項(工期、請負代金の額、支払方法など約15項目)が網羅されている必要があります。「見積書」だけでは、工事内容の特定はできても、契約の諸条件(紛争時の解決方法など)が不明確なため、法的には不十分であり、リスクが高い状態と言えます。
Q2. 追加工事が発生しましたが、忙しくて契約書を作り直す時間がありません。どうすれば良いですか?
必ず着工前に「変更契約書」または「追加工事に関する合意書」を作成してください。
追加・変更工事は最もトラブルになりやすいポイントです。口頭で「やっておきます」と進めてしまうと、後から「それはサービス(無償)だと思っていた」「金額が高すぎる」と揉める原因になります。正式な契約書の再作成が難しい場合でも、少なくとも「追加工事の内容」と「追加代金」を明記した書面(見積書へのサインや、簡易な覚書)を取り交わしてから着工することが、自社を守るための鉄則です。
Q3. 契約書に貼る収入印紙は、どちらが負担すべきですか?
原則として、契約書を2通作成し双方が1通ずつ保有する場合は、各自が保有する契約書分の印紙代を負担します。
印紙税法上、工事請負契約書は課税文書に該当します。一般的には、元請業者と下請業者(または施主)がそれぞれ1通ずつ原本を持つため、各自が自分の持っている契約書に印紙を貼って消印します。なお、電子契約(クラウドサイン等)を利用した場合は、課税文書に該当しないため、印紙税は不要となります。コスト削減の観点からも、電子契約の導入が進んでいます。
解説
ここからは、工事請負契約の法的な意味合いと、実際に契約書を作成・確認する際に注意すべきポイントについて詳しく解説します。
1. 「請負契約」とは何か?
建設工事の契約は、民法上の「請負契約」に分類されます。
請負契約の最大の特徴は、「仕事の完成」に対して報酬が支払われるという点です(民法第632条)。
- 完成義務: 請負人(建設業者)は、契約通りに建物を完成させる義務を負います。途中で投げ出すことはできません。
- 報酬支払義務: 注文者(施主・元請)は、仕事が完成したことに対して報酬(請負代金)を支払う義務を負います。
この「完成」がゴールであるため、単に労力を提供しただけでは(準委任契約とは異なり)、原則として報酬を請求できません。したがって、「何をもって完成とするか(完成の定義)」や「完成した後の検査(引渡し)」が契約上の重要なプロセスとなります。
2. 建設業法第19条が定める「書面契約の義務」
建設業法第19条は、契約当事者の対等な立場を確保し、紛争を防止するために、契約の締結に際して以下の事項を書面に記載し、署名または記名押印をして相互に交付することを義務付けています。
主な法定記載事項
- 工事内容
- 請負代金の額
- 工事着手の時期及び工事完成の時期
- 請負代金の全部または一部の前金払または出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期及び方法
- 当事者の一方から設計変更または工事着手の延期もしくは工事の全部もしくは一部の中止の申出があった場合における工期の変更、請負代金の額の変更または損害の負担及びそれらの額の算定方法に関する定め
- 天災その他不可抗力による工期の変更または損害の負担及びその額の算定方法に関する定め
- 価格等(物価統制令)の変動もしくは変更に基づく請負代金の額または工事内容の変更
- 工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め
- 注文者が工事に使用する資材を提供し、または建設機械その他の機械を貸与するときは、その内容及び方法に関する定め
- 注文者が工事の完成を確認するための検査の時期及び方法並びに引渡しの時期
- 工事完成後における請負代金の支払の時期及び方法
- 工事の目的物が種類または品質に関して契約の内容と適合しない場合(契約不適合責任)におけるその不適合を担保すべき責任の内容及びその保証期間
- 各当事者の履行遅滞その他債務不履行の場合における遅延利息、違約金その他の損害金
- 契約に関する紛争の解決方法
これらの項目を見て、「普段の注文書には工期と金額しか書いていない」と感じた方は要注意です。特に、「変更時の取り決め」や「紛争解決方法」が抜けていると、いざトラブルが起きた際に解決の指針がなく、泥沼化するリスクが高まります。
3. 建築契約書(工事請負契約書)の作成における注意点
契約書を作成する際、あるいは元請から提示された契約書を確認する際に、特に注意すべき条項(リスクマネジメントの観点)を解説します。
請負代金の支払条件(支払時期と方法)
建設業は先行投資型のビジネスであり、資金繰りが生命線です。
- 着手金・中間金: 工事期間が長い場合、完成払い(後払い)だけでは資金繰りが苦しくなります。着手金や中間金(出来高払い)の設定が可能か交渉しましょう。
- 支払サイト: 下請負契約の場合、特定建設業者が元請となる際は、下請代金支払遅延等防止法などの規制により、支払サイト(締め日から支払日までの期間)に制限がかかる場合があります。不当に長いサイトになっていないか確認が必要です。
追加・変更工事の取り扱い
前述の通り、最もトラブルが多いのがここです。
契約書には、「追加・変更工事を行う場合は、事前に書面による合意を必要とする」旨を明記しておくべきです。これにより、現場監督の口頭指示だけでなし崩し的に工事が進み、後で請求できないという事態を防ぐ効果が期待できます。
また、もし書面作成が間に合わない緊急の場合でも、メールやFAXで記録を残すことをルール化しましょう。
工期遅延と違約金
天候不順や資材不足など、不可抗力による遅延のリスクは常にあります。
- 不可抗力免責: 台風や地震、昨今の資材高騰・不足など、自社の責任ではない理由で工期が遅れる場合に、工期の延長や請負代金の変更が認められる条項が入っているか確認してください。
- 遅延損害金: 逆に、自社のミスで工期が遅れた場合のペナルティ(遅延損害金)が、過大に設定されていないかもチェックポイントです(年14.6%などが一般的ですが、不当に高い利率になっていないか)。
契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)
引き渡した建物に欠陥があった場合の責任です。
民法改正により「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へと用語と内容が変わりました。
- 責任期間: 民法では「知った時から1年」ですが、建設業法や品確法、契約特約により「引渡しから2年」「主要構造部分は10年」などと定められることが一般的です。自社がいつまで、どのような範囲で責任を負うのかを明確にしておく必要があります。
契約の解除条項
相手方が倒産した場合や、信頼関係が破壊された場合に、契約を途中で解除できる条項です。
特に、相手方の資金繰りが悪化した場合に、直ちに工事をストップし、契約を解除して損害拡大を防ぐための「無催告解除(期限の利益喪失)」条項は必須です。
4. 標準請負契約約款の活用
一から契約書を作るのが難しい場合は、建設業法に準拠した「標準請負契約約款」を利用するのが有効です。
- 民間(七会)連合協定工事請負契約約款: 民間の建築工事で最も広く使われている標準約款です。
- 建設業法に基づく標準請負契約約款: 国土交通省の中央建設業審議会が作成・勧告しているもので、公共工事用、民間建設工事用(甲・乙)、建設工事下請負用などがあります。
これらは、発注者と受注者の利益バランスが考慮されており、法的な記載事項も網羅されています。これらをベースに、個別の事情に合わせて特約を追加する方法が、最も効率的かつ安全です。
弁護士に相談するメリット
工事請負契約は、建設業のビジネスモデルそのものを規定する重要な書類です。契約書の作成やチェックを弁護士に依頼することで、以下のようなメリットが得られます。
1. 自社に有利な「オリジナル契約書」の作成
市販の雛形や標準約款は、あくまで「標準的」な内容であり、公平中立に作られています。弁護士に依頼すれば、貴社の業務形態(リフォーム中心、公共工事中心、下請け専門など)に合わせて、貴社のリスクを最小限に抑え、利益を守るための条項を盛り込んだオリジナルの契約書を作成できます。
2. 契約書のリーガルチェック(不利な条項の発見)
元請業者や大手施主から提示された契約書には、一方的に不利な条項(例:過度な違約金、一方的な解除権、極端に短い検収期間など)が含まれていることがあります。弁護士は専門的な視点でこれらを洗い出し、修正案や交渉のアドバイスを提供します。サインする前にリスクを把握できることは、経営上の大きな武器となります。
3. トラブル発生時の迅速な対応
「代金が支払われない」「クレームがついた」といったトラブルが発生した際、契約書の条文を根拠に、相手方と交渉を行います。契約書の内容が曖昧でも、建設業法や商法、民法の原則を駆使して、貴社の正当な権利を主張し、回収や解決に向けた最善の手を打ちます。
まとめ
工事請負契約書は、工事の完成というゴールに向かって、発注者と受注者が協力して進むための「ルールブック」です。
「契約書作成は面倒だ」「相手を信用しているから大丈夫」という考え方は、現代の建設業界では通用しません。むしろ、しっかりとした契約書を取り交わすことこそが、「プロフェッショナルとしての信頼の証」であり、「自社と従業員を守るための経営防衛策」となります。
- 工事請負契約は書面での締結が法律上の義務である。
- 見積書だけでは不十分。必ず約款付きの契約書か、法定記載事項を網羅した注文書・請書を使用する。
- 追加工事は、着工前に書面で合意する習慣をつける。
- 契約書の条項一つで、トラブル時の損害額が数百万、数千万変わることもある。
貴社が現在使用している契約書は、本当に貴社を守ってくれる内容になっているでしょうか?
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