コラム

2024/12/25 コラム

建設業における事業所と事業者の法的責任

はじめに

労働者の安全と健康を守ることは、事業を営むうえで欠かすことのできない重要な責務です。労働安全衛生法をはじめ、労働災害を防止するための法律や制度は多岐にわたります。しかし、「事業所」という言葉の定義や、事業所を管理する「事業者」の具体的な責任がどうなっているのか、改めて聞かれるとわからない方も少なくありません。また、万が一重大な労働災害が発生した場合には、刑事責任や民事責任、行政処分が課される可能性があるなど、リスクは軽視できません。

そこで本稿では、労働安全衛生法が定める「事業者」とは何か、また事業所の範囲や業種の区分、そして万一の際に事業者が負う責任の内容などを解説いたします。

目次

  1. 事業所の基本的な考え方
  2. 業種の区分と安全衛生管理の違い
  3. 労働安全衛生法における事業者とは
  4. 事業者の責務・労働者の責務
  5. 事業者が負う可能性のある責任の種類
  6. 弁護士に相談するメリット
  7. まとめ

1. 事業所の基本的な考え方

「事業所」とは何か

労働安全衛生法では、事業者に対して「事業所」ごとにさまざまな義務を課す仕組みを採用しています。その背景には、労働環境や就業形態を適切に管理するためには、どこで労働が行われるかを明確に区切る必要があるからです。法律上、「事業所」とは工場、鉱山、事務所、店舗などと呼ばれるものをはじめ、「一定の場所において相関関連する組織のもとに継続的に行われる作業の一体」のことを指します。要するに、労働者が一定の場所で継続的に働く組織的な拠点がある場合には、それを事業所とみなすという考え方です。

事業所が複数ある場合の典型例

  • 本社と支社が別々の場所に存在するケース
    たとえば東京に本社、大阪・横浜・福岡などに支社をもつ企業があれば、本社を1つの事業所、そしてそれぞれの支社を1つの事業所と数えます。結果的に合計4つの事業所を有していることになります。
  • 出張所や駐在所を設けるケース
    新設された出張所に労働者が派遣され、ある程度独立した機能をもっていると判断される場合、その出張所は本社などの上位機関と一括で1つの事業所として取り扱われるケースもあれば、別個の事業所とみなされるケースもあります。これは実態によって変わります。
  • 同じ場所に複数の業態が存在するケース
    同一の場所に工場と診療所が併設されている場合など、明確に業務の性質が異なる組織であれば、それぞれ別個の事業所として扱われることもあります。

事業所の判断基準

同じ企業内であっても、実際にどのように管理・運営がなされているかによって、事業所として独立性が認められたり認められなかったりします。たとえば、新しく設置された出張所が実質的に独立性をもたず、業務指示をすべて本社から受けているような場合には、本社と一体の事業所とみなされる可能性があります。一方で、独自に労務管理や安全衛生管理を行い、機能面でも本社や他拠点と切り離されているといった実態があれば、別個の事業所として扱われることもあります。

2. 業種の区分と安全衛生管理の違い

「業種」とは

労働安全衛生法では、事業所で行われる業態に応じて異なる安全衛生管理上の規制が定められています。ここでいう「業種」とは、建設業や製造業、医療業など、法律や行政上の分類に従って区分されるものです。1つの事業所内で複数の業務が行われている場合、どの業務が主たるものか、あるいは業種ごとに明確に切り分けができるかによって管理方法が変わることがあります。

建設業・製造業の危険性

建設業や製造業の現場では、重機や化学物質の取り扱いなど、大きな事故につながりやすい危険性が高まるため、法令上の規制もより厳しくなっています。機械の安全装置や作業環境の整備、有害物質の適切な保管・使用など、詳細なガイドラインが設定されているため、事業者は常に最新の情報を確認しながら適切な対策を講じる必要があります。

複数業種が併存する場合の考え方

同一の場所で複数の業種が並行して行われる場合、それぞれの業種に応じた安全衛生管理措置が必要となります。業種が増えれば、当然求められる対策や手続も増えていきます。

3. 労働安全衛生法における事業者とは

「事業者」の定義

労働安全衛生法は、事業所で働く労働者の安全と健康を確保するために、多くの措置や禁止事項を定めています。そして、その責任を負う主体である「事業者」とは、「その事業における経営主体、つまり『事業を行う者であり、労働者を使用する者』」のことを指します。個人企業の場合は、個人で事業を経営している個人自営業者がこれに当たります。法人企業の場合は、株式会社や合同会社などの法人そのものが経営主体となり、労働者の安全衛生に関する義務を負うことになります。

役員も「労働者」になる場合がある

使用者と労働者の区分は、名称や雇用形態だけで決まるわけではありません。実態として、業務執行権限をもつ役員であっても、上位者の指揮命令下で働いているのであれば、労働者とみなされる場合があります。

家事使用人は対象外

労働安全衛生法では、家事使用人など、一部の雇用形態については適用が除外されることがあります。これは、家庭内での家事手伝いなどに対して、企業のように厳格な安全衛生管理を要求するのは現実的でないという趣旨によるものです。

4. 事業者の責務・労働者の責務

労働安全衛生法の目的と事業者の責務

労働安全衛生法は、「事業場で働く労働者の安全と健康を確保する」ことを目的とし、そのために事業者が果たすべき責務を明確に定めています。具体的には次のような事項が挙げられます。

  • 労働災害防止のための最低基準の遵守
    労働安全衛生法や関連法令で定められている各種基準(安全装置の設置や防護具の使用義務など)を守り、労働者が安全に働ける環境を整える義務があります。
  • 快適な職場環境の確保と労働条件の改善
    たとえば照明や空調、作業スペースの確保、防音対策など、職場の衛生環境を向上させる取り組みを継続的に行うことも必要です。
  • 国が実施する労働災害防止施策への協力
    行政指導や立入検査に協力し、必要なデータの提出や報告などを適切に行わなければなりません。
  • 自主的な労働災害防止活動の推進
    安全衛生委員会を設置したり、安全衛生教育を定期的に実施するなど、事業者自らが主体的に取り組むことでこそ、実効性のある安全対策が可能になります。

労働者の責務

労働者側にも、安全衛生を維持するための責務が存在します。事業者がどれほど安全対策を行っていても、労働者自身が安全装置を外したり、防護具を正しく着用しないなどの行為をすれば、労働災害を防ぐことはできません。労働安全衛生法第4条では、「労働者は、労働災害を防止するため必要な事項を守るほか、事業者その他の関係者が実施する労働災害の防止に関する措置に協力するように努めなければならない。」と定めています。これは、事業者の指示だけでなく、労働者が自らの身を守るために行動することの重要性を示しています。

5. 事業者が負う可能性のある責任の種類

刑事責任(刑罰)

労働安全衛生法違反の多くは、違反行為者である個人(自然人)に対して罰金刑や懲役刑を科す形で処罰されます。ただし、会社などの法人である事業者の代表者や従業員が違反を行った場合には、使用者も併せて処罰される両罰規定(労働安全衛生法第122条)が適用される可能性があります。たとえば、労働安全衛生法上の安全基準を著しく無視して重大な事故を引き起こした場合には、事業者(法人)と実際の行為者(個人)の両方が処罰されるのです。

民事責任

労働安全衛生法に違反した結果、もし労働災害が発生してしまい、労働者が死亡・負傷した場合、遺族や被災した労働者自身は労働者災害補償保険(労災保険)の給付を受けるだけでなく、事業者に対して損害賠償請求を行うことがあります。これは、労働災害によって生じた精神的苦痛や財産的損失の補償を求めるための民事責任が追及されるケースです。

行政処分(使用停止命令等)

労働安全衛生法の規定に違反する事業実態があり、改善が見込めないと判断された場合には、行政機関から作業や建設物の使用停止・一部変更などの行政処分を受けることがあります(労働安全衛生法第98条)。また、労働災害が発生した際の緊急措置として、作業停止命令などが急きょ下される可能性もあります(同法第99条)。これらの行政処分が下されれば、事業の継続や企業イメージにも大きな影響が及ぶため、日頃から労働安全衛生法に準拠した環境整備が求められます。

6. 弁護士に相談するメリット

法的リスクの早期発見と未然防止

労働安全衛生法をはじめとする関連法令には、多岐にわたる義務や規制が盛り込まれており、そのすべてを自社だけで把握するのは困難です。弁護士に相談すると、現行法規に照らして「どの部分が不足しているか」「新しい法改正にどう対応するべきか」など、具体的な助言を受けることができます。早期に法的リスクを発見し、必要な改善策を講じることで、労働災害や法令違反によるトラブルを未然に防ぎやすくなります。

万が一の事故発生時の迅速・適切な対応

労働災害が起きてしまった場合、事業者には労働基準監督署への報告義務や、被災した労働者や遺族への補償、再発防止策の策定など、さまざまな対応が求められます。こうした緊急事態においても、弁護士を通じて早期に法的観点から的確なアドバイスを得ることで、トラブルの拡大を防ぎ、円滑な解決を図ることが可能になります。

刑事・民事・行政手続への備え

重大な労働災害を招いた場合には、刑事責任を問われ、民事上の損害賠償請求が起こり、さらには行政処分を受けるという、複数の手続が同時並行的に進行するリスクがあります。その際には、状況に応じて専門的な対策を講じることが重要です。労働法や企業法務を専門とする弁護士であれば、一連の手続を一貫してサポートできるため、法的リスクを最小限に抑えやすくなります。

社内研修やコンプライアンス体制の強化

弁護士のアドバイスを活用して社内研修を実施し、コンプライアンス体制を強化することも重要です。従業員に対して、労働安全衛生の基礎知識や緊急時の対応手順などを教育し、リスクを事前に共有することで、結果的に企業全体の安全水準を引き上げることができます。弁護士はこうした研修の企画や資料作成、質疑応答にも対応できますので、専門家の力を借りることで研修効果を高められます。

7. まとめ

事業所や事業者の責任については、労働安全衛生法を中心としてさまざまな規定が設けられています。事業者には、安全衛生管理体制の整備や労働環境の改善、労働者への教育など、遵守すべき義務が多数存在し、これらを怠ると刑事責任・民事責任・行政処分などのリスクを負う可能性があります。

一方で、労働者もまた事業者の施策に協力し、安全に働くためのルールや防護具を正しく使用するなど、互いに責務を果たすことが労働災害防止の大前提です。万が一事故が発生した場合には、事業者は速やかに適切な対応をとる必要がありますが、法的手続は複雑であり、社内だけで対応しきれないケースも多いのが現実です。そのため、事前に弁護士と相談し、法令遵守の観点でリスク対策を進めておくことが望ましいでしょう。

労働安全衛生の取り組みは、労働者にとっても事業者にとっても不可欠なものです。企業活動を健全に発展させていくためにも、法律の要件を踏まえた安全管理や適正な労働環境づくりを常に意識し、定期的に見直していくことをおすすめいたします。

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